デルタ

Nonfiction, Social & Cultural Studies, True Crime, Espionage, Religion & Spirituality, Philosophy, Fiction & Literature
Cover of the book デルタ by 千慶烏子, P.P.Content Corp.
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Author: 千慶烏子 ISBN: 9784908810268
Publisher: P.P.Content Corp. Publication: November 15, 2005
Imprint: Language: Japanese
Author: 千慶烏子
ISBN: 9784908810268
Publisher: P.P.Content Corp.
Publication: November 15, 2005
Imprint:
Language: Japanese

ヴィヨンよヴィヨン。おまえたちが太陽と呼ぶ、あの太陽の廃墟の太陽の、ファーレンハイト百分の一度の乱れがわたしの心臓を慄わせる。おまえたちが海洋と呼ぶ、あの海洋の廃墟の海洋の、高まって高まって高まって砕ける波の慄えがわたしの心臓をふるわせる──。

デルタとは誰か。それは謎めいたアナグラムなのか。それとも名前に先立つ欲望の集合的な属名なのか。きわめて今日的なカタストロフのもとでボードレールのファンタスムが、あるいはコルプス・ミスティクスのシミュラークルが、全く新しい光を受けて上演される。都市と売淫、断片と化した身体。あるいは石と化した夢。娼婦への愛は、果たしてヴァルター・ベンヤミンの言うとおり、商品への感情移入のハイライトなのか。ためらう者の祖国とは何か。 人でなしの恋とは何か。コギトの誘惑あるいは内省の悪徳とは。この美貌の女が語る「接吻で伝染する死の病」とはいったい何なのか──。予断を許さない大胆な構成のもとで繊細かつ多感に繰り広げられる千慶烏子の傑作『デルタの恋』。

* * *

本書は『Delta』の表題で叢書『Callas Cenquei Femmes』の第二巻として2005年P.P.Content Corp.から出版された。千慶烏子のシリーズ作品『Femmes』の概要に関しては、『アデル』購読案内で紹介しているので、ご覧いただきたい。

本書『デルタ』は、シリーズの他の作品と共通の方法論が採用されており、女主人公のデルタが一人称で語る九十余篇のテクストから構成されている。作品は、デルタが「わたし」を語る一人称の話法で構成され、一人称の視点で展開されてゆく。千慶烏子のこの極めて独特な一人称の話法に関しては、いずれ稿を改めたいと思う。さて、デルタのひもとく「語り=話法=物語(ナラティブ)」を構成的側面から考えるならば、本作は、序盤・中盤・終盤の三つに分けて考えることができるだろう。この購読案内では、構成的側面から本書『デルタ』の魅力をご案内してみたいと思う。

本書の中核にあってこの作品空間を支えているのは、一言で言い表すならば、謎であり、謎めいた仕掛けであり、謎の種明かしである。わかりやすい例を挙げると、映画『シックス・センス』において、ブルース・ウィリスに与えられた役割と非常によく似ていると言っていいかもしれない。主人公の存在そのものが謎であり、また謎の仕掛けであり、そして謎の種明かしなのである。テクストは美貌の女主人公デルタの謎を追いかけるようなかたちで進行し、やがて驚くような種明かしを経て中盤へと向かう。千慶烏子はこの種明かしにいたるまで、全体の約三分の一の分量を費やして策を練っている。

物語の主人公であり、かつ物語の語り手であるデルタという謎めいた女の正体が明らかにされるやいなや、彼女の語る物語は反転し、その空間は一転して起伏に富んだものになる。特に中盤以降は、映画のカットバックを思わせる断章の構成が非常に有効に活用されており、序盤で丹念な布石を打って展開されたヘスペリアという舞台装置そのものが顛倒し、反転画像のように描かれるさまは、着想の天才と言われる千慶烏子の想像力が如何なく発揮されている。ここはもう難しいことを言わず、ただ唖然としてそのイマジネーションを堪能するのが良い。

そして、本書で最も重要な終盤に差し掛かる。一人称で「わたし」を語るデルタの正体、彼女の語るヘスペリアの正体が明らかにされた後で、デルタは「語り手に知らされていない本源的な謎」にぶつかることになる。この謎の中の謎、謎の中にあって謎そのものを否定する謎に本書のすべてが集約されている。この構成が秀逸であり、そして卓抜である。全てを知っているはずの語り手が「わたし」の中に「わたしの知らないわたし」を発見し、彼女を否定する彼女自身に遭遇するのである。同時に、彼女の謎の中に隠されていた本当の謎が「語り手であるわたし」を蝕んでゆくことになる。この過程を実に丹念に、そして情感豊かに千慶烏子は描いており、デルタの語る一人称の話法は、愛の苦悩と実らない運命をめぐる魂の告白となって、読む人の心に迫るにちがいない。謎と奇想に富んだバロック的悲劇は、驚くようなカタルシスをもって、その幕を閉じるのである。

バロック的悲劇──本書を一言で言い表すならば、その言葉に尽きるだろう。物語の要求する一回性の規範を逸脱して回帰するバロック的空間が物語にもたらした悲劇なのである。ぜひ読者の皆さんは、着想の天才と称される千慶烏子の謎に満ち、奇想に富んだバロック的空間を楽しんでいただきたい。(P.P.Content Corp. 編集部)

追記
優れた芸術作品は時代を写し出す鏡のようなものだと言う。千慶烏子の『デルタ』もその例にもれない。そこには、作者が意図したか否かにかかわらず、彼の時代が写し出されている。詩人の風変わりな着想やイメージ豊かな表現のあいまあいまに、ふと彼の時代が映り込むのである。千慶烏子の時代、つまりそれはわれわれの時代なのだが、一言で言うならばそれは「失速と停滞の時代」である。90年代の後半からわが国の経済は失速し、未来への展望を失って文化的状況は停滞し、一世代もの歳月を費やしてじりじりと衰亡の危機へと後退してゆく時代である。人びとは希望を失い、絶望的であるにもかかわらず冷笑的であり、ニヒリズムと不寛容と懐古主義が蔓延している。何もかもが見かけだおしであり、きれいごとであり、内実を欠いており、空疎であり、欺瞞に満ちている。合理性の上っ面の下で非合理なことがまかり通り、正直者ほど不公平で無責任な社会の不条理に泣かされる。こういう出口なしの時代性が、奇想に富んだ詩人の作品に図らずも映り込んでいるのである。読者の皆さんは、この失速と停滞の時代、つまりわれわれの時代の表現として本書『デルタ』をご覧いただいてもいいのではないだろうか。蛇足かもしれないが、追記しておきたい。

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ヴィヨンよヴィヨン。おまえたちが太陽と呼ぶ、あの太陽の廃墟の太陽の、ファーレンハイト百分の一度の乱れがわたしの心臓を慄わせる。おまえたちが海洋と呼ぶ、あの海洋の廃墟の海洋の、高まって高まって高まって砕ける波の慄えがわたしの心臓をふるわせる──。

デルタとは誰か。それは謎めいたアナグラムなのか。それとも名前に先立つ欲望の集合的な属名なのか。きわめて今日的なカタストロフのもとでボードレールのファンタスムが、あるいはコルプス・ミスティクスのシミュラークルが、全く新しい光を受けて上演される。都市と売淫、断片と化した身体。あるいは石と化した夢。娼婦への愛は、果たしてヴァルター・ベンヤミンの言うとおり、商品への感情移入のハイライトなのか。ためらう者の祖国とは何か。 人でなしの恋とは何か。コギトの誘惑あるいは内省の悪徳とは。この美貌の女が語る「接吻で伝染する死の病」とはいったい何なのか──。予断を許さない大胆な構成のもとで繊細かつ多感に繰り広げられる千慶烏子の傑作『デルタの恋』。

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本書は『Delta』の表題で叢書『Callas Cenquei Femmes』の第二巻として2005年P.P.Content Corp.から出版された。千慶烏子のシリーズ作品『Femmes』の概要に関しては、『アデル』購読案内で紹介しているので、ご覧いただきたい。

本書『デルタ』は、シリーズの他の作品と共通の方法論が採用されており、女主人公のデルタが一人称で語る九十余篇のテクストから構成されている。作品は、デルタが「わたし」を語る一人称の話法で構成され、一人称の視点で展開されてゆく。千慶烏子のこの極めて独特な一人称の話法に関しては、いずれ稿を改めたいと思う。さて、デルタのひもとく「語り=話法=物語(ナラティブ)」を構成的側面から考えるならば、本作は、序盤・中盤・終盤の三つに分けて考えることができるだろう。この購読案内では、構成的側面から本書『デルタ』の魅力をご案内してみたいと思う。

本書の中核にあってこの作品空間を支えているのは、一言で言い表すならば、謎であり、謎めいた仕掛けであり、謎の種明かしである。わかりやすい例を挙げると、映画『シックス・センス』において、ブルース・ウィリスに与えられた役割と非常によく似ていると言っていいかもしれない。主人公の存在そのものが謎であり、また謎の仕掛けであり、そして謎の種明かしなのである。テクストは美貌の女主人公デルタの謎を追いかけるようなかたちで進行し、やがて驚くような種明かしを経て中盤へと向かう。千慶烏子はこの種明かしにいたるまで、全体の約三分の一の分量を費やして策を練っている。

物語の主人公であり、かつ物語の語り手であるデルタという謎めいた女の正体が明らかにされるやいなや、彼女の語る物語は反転し、その空間は一転して起伏に富んだものになる。特に中盤以降は、映画のカットバックを思わせる断章の構成が非常に有効に活用されており、序盤で丹念な布石を打って展開されたヘスペリアという舞台装置そのものが顛倒し、反転画像のように描かれるさまは、着想の天才と言われる千慶烏子の想像力が如何なく発揮されている。ここはもう難しいことを言わず、ただ唖然としてそのイマジネーションを堪能するのが良い。

そして、本書で最も重要な終盤に差し掛かる。一人称で「わたし」を語るデルタの正体、彼女の語るヘスペリアの正体が明らかにされた後で、デルタは「語り手に知らされていない本源的な謎」にぶつかることになる。この謎の中の謎、謎の中にあって謎そのものを否定する謎に本書のすべてが集約されている。この構成が秀逸であり、そして卓抜である。全てを知っているはずの語り手が「わたし」の中に「わたしの知らないわたし」を発見し、彼女を否定する彼女自身に遭遇するのである。同時に、彼女の謎の中に隠されていた本当の謎が「語り手であるわたし」を蝕んでゆくことになる。この過程を実に丹念に、そして情感豊かに千慶烏子は描いており、デルタの語る一人称の話法は、愛の苦悩と実らない運命をめぐる魂の告白となって、読む人の心に迫るにちがいない。謎と奇想に富んだバロック的悲劇は、驚くようなカタルシスをもって、その幕を閉じるのである。

バロック的悲劇──本書を一言で言い表すならば、その言葉に尽きるだろう。物語の要求する一回性の規範を逸脱して回帰するバロック的空間が物語にもたらした悲劇なのである。ぜひ読者の皆さんは、着想の天才と称される千慶烏子の謎に満ち、奇想に富んだバロック的空間を楽しんでいただきたい。(P.P.Content Corp. 編集部)

追記
優れた芸術作品は時代を写し出す鏡のようなものだと言う。千慶烏子の『デルタ』もその例にもれない。そこには、作者が意図したか否かにかかわらず、彼の時代が写し出されている。詩人の風変わりな着想やイメージ豊かな表現のあいまあいまに、ふと彼の時代が映り込むのである。千慶烏子の時代、つまりそれはわれわれの時代なのだが、一言で言うならばそれは「失速と停滞の時代」である。90年代の後半からわが国の経済は失速し、未来への展望を失って文化的状況は停滞し、一世代もの歳月を費やしてじりじりと衰亡の危機へと後退してゆく時代である。人びとは希望を失い、絶望的であるにもかかわらず冷笑的であり、ニヒリズムと不寛容と懐古主義が蔓延している。何もかもが見かけだおしであり、きれいごとであり、内実を欠いており、空疎であり、欺瞞に満ちている。合理性の上っ面の下で非合理なことがまかり通り、正直者ほど不公平で無責任な社会の不条理に泣かされる。こういう出口なしの時代性が、奇想に富んだ詩人の作品に図らずも映り込んでいるのである。読者の皆さんは、この失速と停滞の時代、つまりわれわれの時代の表現として本書『デルタ』をご覧いただいてもいいのではないだろうか。蛇足かもしれないが、追記しておきたい。

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